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左から来る

右からは来ません

気付いたら禁煙していた

 

すうーっと口から煙を吐き出しながら、以前はこう思ったものだ。

『きっと死ぬまで僕はタバコを吸っているんだろうな』

 これまでを振り返ると、禁煙を勧められる度に僕は反発していた。

『僕のやることにいちいち指図するな。やるならば、僕の意思で行う』

僕の感情を具体的な言葉に翻訳すると、僕はそう感じていたと思う。

 

亡き祖父がヘビースモーカーだったから、祖父の代わりに僕が吸っているとうそぶいていたものだ。

喫煙を続ける意味と同じくらい、やめる理由も無かったのだ。

 

禁煙のきっかけとして、息子や娘の言葉に心動かされたから。という理由が僕の周囲では少なくない。下心のない素直な言葉、ありのままの思いというものに、僕らおっさん連中はとてもセンシティブなのだ。飢えているといっても過言ではない。そういうものに触れた瞬間に、トイレに駆け込んでこっそり心の汗を流してしまうこともあるやも知れない。

誕生日に高級バッグを買って欲しい、どこやらのブレスレットが欲しいとかいう輩の言葉とは異なるのである。そういう輩は、そういう輩なりの不憫さというものもあるけれど。

 

 

ひたむきに何かを頑張っている人。

心から他人を思い遣れる人。

 

御多分に洩れず僕もそんな奴が大好きだ。純度が高ければ高いほど好きだ。男だろうが女だろうがハグしてやりたい。だけれどもセクハラとして訴えられかねないし、ハグした後お互いにどうしたら良いのか困るのでそんなことはしない。だから、ひっそりと心の中で僕は賛辞を送り続けるとしよう。

 

しばらく前に見知った彼女は、面倒見良くて器量好しだ。現実空間に、彼女のいいねボタンがあったら誰しも何度でも押すだろう。

ただそれだけならば、幾つかのコミュニティを見渡せば一人くらいは存在するもんだ。

もちろん鳥のように忘れっぽい僕は、何週間もしないうちに彼女の存在をすっかり忘れ去っていた。

 

ところがふとしたきっかけで、彼女と言葉を交わすようになった。

彼女には目標があり、それに向かって奮闘しているらしい。

知らぬ間に僕は、彼女の思い遣りの対象として末席に加えられていた。

 

その言葉はどうだ。なんら嘘が感じられない。だから僕の心にするすると難なく入り込んでくる。

 

上手く言いくるめられているのだろうか。

気付いたら僕は禁煙を始めていたんだ。笑ってくれて構わない。

『こいつの願いならば、おれはやるんだ。おれの出来得る全てを直ちに行うべし』そう思ってしまったんだ。

 

我ながらそのような取り組みを始めたなんて信じ難いが、彼女の偉大さ故の事だろう。

瞑想での雑念の処置と、禁煙の瞬間的に高まる欲求の処置は似ているらしく、イライラもさほどなく禁煙二日目を過ごしている。

 

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互いに一手進めるために、確認し合うことがそろそろ必要なようだ。