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おかあさんとインド

ウパニシャッドを読むと、覚えづらくて嫌気がさす名前の賢者と王様がグダグダと語り合っている。覚えづらい賢者の名はWikiによるとヤージュニャヴァルキヤ。

ニャ? おかしいな。

翻訳版を随分前に購入して、時折読むことはあれど活字の上を視線がつるつると滑るばかりだったからだろうか。僕はヤージュルヴァルキアと記憶していた。僕の記憶力もいい加減なものだ。ウパニシャッドよりは、まだお経の方がエンタテインメント寄りだと、勝手に僕はそう思っている。

 

そういえばヘブライ聖書の雅歌も、異色な趣きがなかなかに愉しい。(言い訳すると、僕は深読みする知識もないから翻訳された文章をそのまま味わっているだけだ。

なんて書いてしまうと、真面目な人に見付かったら置換神学で云々とありがたきご指摘をされかねないので聖書はここまでにしよう。

 

話を戻して、以前の僕はインドの摩訶不思議な佇まいに惹かれていた。だからお約束である古典を漁っていたが、なかでもギーターは気に入っていた。『蓮の眼の御方』の描写やその言葉、アルジュナの至極真っ当な葛藤。

それに、一生童貞宣言で神に賛辞を送られる美少年。(僕にも賛辞を送って欲しいものだ。あれ、これはマハーバーラタかな

ギーターの宗教色を限りなく薄めてアレンジしたら、それはそれで愉快な物語が紡ぎ出せるのではないだろうか。

さ、知ったか振りも以上。

 

隠しているわけじゃないけれど、僕の母はインドだ。

 

インドというのは、幼少期からの彼女のニックネームだ。ちなみに未だ叔父からはインドと呼ばれている。

ニックネームが国名なんてビッグな気もしないでもないが、なんの事はない。

日焼けしていつも小麦色だったかららしい。鼻筋通って、睫毛は長めで目は涼しげ、天然パーマ気味な髪も手伝い、少女時代は一際インドだったかも知れない。

 

対して息子の僕からすると「ミステリアスで近寄り難い綺麗な人」の位置付けだった。

 

なぜそうなのかと言えば、諸事情あって僕と母は殆ど一緒に暮らした事がないからだ。

拉致されるように突然連れ出されて、束の間のひと時を共に過ごす。

 

そんな奇妙な親子関係だった。

 

さて、僕の幼少期を思い出してみよう。すると僕の傍には必ずマスカット味の飴。

透明感ある緑みの黄緑色で真ん丸な飴。それが当時の僕の大好物だった。

食べても食べてもお上から支給されていたものだから、その飴がある事が当たり前なのだと思い込んでいた。陽が昇って沈むことと同じくらいに。

 

その飴がなぜ僕の傍に必ずあったのか。それを僕は後年になってようやく知った。

 

それは母が僕に対して定期的にまとめ買いして送ってくれていたのだ。何年も。

僕が子供に何かを送るならば、虫歯を心配して当たり障りないものにするだろうに。

とほんの少しだけ思ったが、なぜあの飴を大好きだったのか理解した。

 

いい大人になった僕はあの飴はもう要らない。

だけど、あの味は忘れないようにしようと思う。

 

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お題「思い出の味」