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ひろし、勘違いする

分かり辛い生業の為か、パソコンに詳しい人だと僕は誤解される。説明が億劫で、そういうことで済ましてしまう事が多々ある。話している相手に正確に伝えようとすればするほど深みに嵌って、ナンダカワカンナイと一蹴されるのだ。

 

特に僕は、その時々でプログラマとして動いたり、システムエンジニアになったり、アーキテクト的に振る舞ったりすることもあるから僕自身が説明に困っている。これは零細企業ならではの事かも知れない。報酬が得られるならば贅沢を言っていられないからだ。

 

他所の名刺を持ってあたかもそこの社員のように振る舞う事も日常茶飯事だ。

こっちは大炎上しているけど面白いから来ない?

いやいやそんなのお断りですよ、という具合に似た立場同士が裏で会話している。

 

このようないかがわしい存在である僕と長らく友人として接してくれている一人も、自分のパソコンが思わしくないと僕に相談を持ちかけてくる。彼よりも僕の方が問題を理解して解決出来る可能性が多分に高いと思われるため、あいわかったと引き受ける事にしている。それはせめてもの恩返しであり、何よりも僕の事を正確に理解したところで彼には何の得にもなりゃしないからだ。

 

彼のことを仮に「ひろし」としよう。

ひろしは、いいやつだ。

 

iPod買ったんだけど、パソコンが認識してくれんのだわ”

ある日ひろしはLINEで僕にそう告げた。

 

“ちゃんと繋げている?”

“もちろんだわ”

“実は、iTunesから見えているんじゃないの?”

“見えんね”

“じゃあ明後日行くから”

“ありがとう”

 

現場に着いて、iPodをどのように繋げているのか僕は確認した。

何となく予想はしていた。

 

よく見てみろよ、iPodが明らかに浮いているだろ、ひろし

 

「これね、もっとギュッと押し込まんとあかんよ」

 

バツが悪そうな表情を浮かべて、ひろしは床に視線を落とした。

 

「マジかよ、壊れてまうと思ってさ」

 

落着して、ひろしの通うジムの女の子のブログを見せられた。

 

「でら可愛いことない? 写真よりもね、本物はもっと良いよ」

「ああホントだね。……でも俺、何というか、背が高いのは好みだけど、もうちょい地味な感じが良いな」

 

一頻り、中学生並みのしょうもない会話をして帰る。だけど、僕らはそれでいい。

次の依頼はこれだった。

 

マカフィーが入らんけど見に来て”

 

ざっくりし過ぎていて何が起こっているのか見当が付かない。

 

マカフィーは何かメッセージ出してないの”

“なにそれ?”

“何か文句言っとらん? 文字が表示されていないの?”

“途中で止まるんだわ”

スクリーンショットが表示された。

8文字以上32文字以下、アルファベットの大文字と小文字、数字、記号を使ってくれと。パスワードの「複雑さ」要件だ。

“大文字、小文字、数字、記号混ぜてるの?”

“混ぜとる”

“そりゃおかしいな”

“でしょ”

 

そして彼の事務所に立ち寄った。

ひろしの親父さんに会釈して、僕はパソコンの後ろのソファに腰掛けた。

 

「何回やってもダメなんだわ」

「おかしいな。ちょっと貸して」

 

ひろしの代わりに僕が適当な文字列をタイプすると、何も問題無かった。

ひろしは、バツが悪そうな表情を浮かべた。そしてトンデモナイ勘違いが発覚する。

 

「ここのさ、半角、全角でアルファベット入力するんでしょ?」

 

そうか。そういう認識をしていたとは僕も想定外だった。

 

アルファベットの大文字、小文字はそれじゃないんだ、ひろし。

 

今までどのようにして操作していたのか想像出来なかったが。

 

「それはな、半角のままで問題ない。Shift押しながら大文字にするんだよ」

「え、そうなん?」

 

昔なら、僕は一言二言くらいひろしがカチンするような事を口走ったかも知れない。

最近の僕が自身に対して面白みに欠けると感じるのはそういう面が無くなってしまったからだろうか。

例えば、ひろしがお漏らししたとしたら、僕も無理やりにでもお漏らしをして取り繕わなくても済むようにしてしまう。「ああ、出てまったわ。ひろしもかよ」と。

昔なら張り倒していたのに。

逆に笑い飛ばした方が気が楽になるケースだってあるという事も理解している。

 

「ああ。そうだよ。最近の新卒の子もな、スマホが普及しているからパソコン使えないという話を聞いたことあるし、ひろしも仕事で毎日メール書いている訳じゃねえんだから、仕方ねえさ」

「うーん、まあそうだなあ」

「よし、終わったな。そういえば、この間はお疲れ」

「ああ。またどっかに飲みに行こう」

「おう」

「そういや昨日、バイクでさ……」

 

次のひろしの依頼は、どんな事なのだろうか。ちょっとだけ楽しみだ。