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左から来る

右からは来ません

昔の上司は、影の薄い僕を忘れていた

わーい、今日はこのまま帰ってハッピーアワー!

そんなことありますよね。u80です。でも早過ぎると後ろめたい気持ちになります。そんな時は公園で缶コーヒー片手に野良猫眺めながら、自己を正当化する口実は無いものかと思い悩むのです。悩むと、やっぱり飲まないとやってられないや、となる訳です。

 

仕事上がりにバーやら居酒屋に足が向かう、ということは飲まないとやってられない事が多い人にとってはチャメシインシデントだと思います。


その日扉を開けると、草臥れた革ジャンを椅子に引っ掛けてバーボン或いはウィスキーのロックを飲んでいる男が居た。

 

「あれ? デイブさんっぽいよな。いや、間違いない」

 

デイブさんとは、USAから日本に来た元上司の事だ。僕は若い頃、武者修行と称して様々な業界を転々としていた事がある。
その中でも屈指のエキセントリックな企業に勤務していたのがデイブさん。

 

へえ、外国人の上司か。こりゃ場違いな所に入ってしまったもんだな。

 

僕は英語もてんでダメで不安を禁じ得なかった。しかし何のことは無い。
デイブさんのお付きの人が通訳だったから胸を撫で下ろしたことを覚えている。
それでも、「部下とのコミュニケーションは俺が率先しないでどうするのだ」という気概があったのか、片言の日本語メールがデイブさんから僕らに時々送られてきていた。

 

 

"コノさん、u80さん、ハナダさん

ストレージをかたずけてください
ASAP

best regards.

 

でーぶ"

 

 

「またASAP。昨日のタスクもASAPで、それも終わってないのに。どうすんだよ」
「アニーさん、デイブさんは何処よ?」
「向こうの休憩室のカウンターでまたバナナ食ってたけど?」

 

通訳のアニーさんは僕らの癒しだったが毎日がASAPだった。どいつもこいつも口を開けばASAPだった。
あらゆる人種、あらゆる国の人がそこで働いていた。

格好良く表現すると、外資ベンチャー。だけど泥臭いことばかりだった。


朝から大音量で大人向けの動画を観ているカナダかどこか出身の兄ちゃんや、キレるとシステム止める東欧の男、一日の殆どをオンラインゲームのプレイに費やすスタープログラマ
経緯は忘れたけれど、インド出身の厳めしい名前のエンジニアを、ぺーぺーの僕が面接したこともあった。

 

今思い出してもあんな奇天烈な人材の宝庫は、あの会社だけだった。


その猛者たちの中では、目立たなかったデイブさん。二、三ヶ月で降格人事かつ他部署に飛ばされるという憂き目に遭い、デイブさんは辞めてしまった。
僕は僕で、所長からの配慮の欠けた指摘に我慢ならず半年しないうちに転職してしまった。
だからデイブさんの顔を記憶していても、しょっちゅうバナナを食っているという思い出しか無かったのが正直なところだ。

 

もちろん熱い抱擁もなく、再会らしい何かが起きたわけでもなかった。


デイブさんと目が合った際に軽い笑みを浮かべて会釈したが、「なんだあのジャップは?」くらいの反応だったのだ。

 

僕は心の中で「お疲れ様です」と呟いて、そのまま視線をベースボールの録画へと泳がせた。

 

アツい夏が待ち遠しい。

 

追記:事務所に呼び戻されさんざでした